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[インタビュー] ノ·ミヌ"夢と希望のアイコンになりたい"

관리자 | 2019-08-07 | 조회 1179

 

[イへジョン記者]ディズニー王子を連想させる外貌と声の男が夢と希望のメッセージを伝えたいと話した。 生きて動く絵のように静かにグラビア撮影現場を染めたノ・ミヌが、私たちに伝えたいメッセージだ。

 

トラックスのドラマーとしてデビューし,新人時代から強烈なビジュアルと"ローズ"という芸名で大衆に印象づけられた彼は、ある瞬間,その姿が忘れられるほど印象深い演技を披露し,俳優ノ·ミヌにもなった。

 

入隊を含め、4年余りの長い空白期後、二重人格の身の毛のよだつ殺人鬼役で帰ってきた彼。 役者としても,歌手としても何一つ足りない点がないバランス感覚を誇り,ゆっくり,しかし,まっすぐに"ノ・ミヌ"の道を歩んでいく人。 夢と希望のアイコンになりたいというノ·ミヌの話を聞いてみた。

 

 

Q. グラビア撮影の感想

 

“おもしろい作業だった。 写真が格好良く写っていそうなので楽しみ。”

 

Q. 近況

 

“ドラマの撮影が終わったばかりなので…昼寝もちょっとしたり、そんなところだ。 しかし,ただ休むことはできないようだ。 "アルバムの準備もしなければならないし、少し忙しく残りの一年を過ごすことになりそうだ。”

 

Q.最近、MBCドラマ'検法男女シーズン2(以下検法男女2)'で二重人格、殺人鬼の医者チャンチョル役で強烈なイメージを残したが、軍除隊後,初の作品として検法男女を選択した理由は?

 

“既存の僕のイメージとは少し違う面をお見せしたかった。実は、除隊後初の作品としてロマンチックコメディージャンルと'検法男女2'の提案が来たが、たくさん悩んだ。 僕が演じたチャンチョルという役は、実は三重人格だ。 そのため,そんな強烈な役を演じなければならないのが,僕の立場ではプレッシャーになったのも事実だ。”

 

“当時,知人にも作品選びに関するアドバイスを求めたが,多くの方に新しいキャラクターに挑戦したらどうかと言われた。 僕もやはり作品選びに悩みながら,これから自分が俳優として行く道がどのようになるのかよく考えていた。 軍隊にいる時も、20代を振り返り、僕に不足していた点、残念だった点を振り返ってみた。 そのため,これまで挑戦したことのない殺人鬼,サイコパスの役をやってみることが演技のスペックを拡張する面で良いのではないかと思った。 そうして挑戦することとなった”

 

Q. 殺人鬼の役を消化するためどのような努力をしたか

 

“監督は世界中のサイコパス,殺人魔をテーマにした作品を最大限たくさん観てほしいとおっしゃった。 それで撮影に入る前までそのような作品を一日に3、4本ずつ見た。 そうしていく中で,残忍な場面や血を飛び出す場面を見ても,無感覚になってきた。 そのような感じを、作品を見ながら勉強し,撮影現場に行って演技を始めたが,監督が思ったより僕が表現した演技を気に入ってくださった。 おかげで撮影現場では重くなく,和気あいあいとした雰囲気で楽しむことができた。”

 

Q.チョン·ジェヨン,オ·マンソクなどそうそうたる先輩たちと息を合わせたが、現場の雰囲気は?

 

“チョン·ジェヨン先輩は,"とてもジェントルマンで口数が少ない方なのに,それでも冗談やギャグの欲が少しおありで(笑)撮影場で気楽にいれるようにたくさん助けてくださった。 国科捜セット撮影に入ると、俳優の中で誰か一人はパニックに陥るそんな状況が頻繁に起きた。 台詞の量が多かったり、雰囲気が急迫したりなどの理由もあり,現場のスタッフも多く,普通は急迫して緊張感のあるシーンが多いので,監督も敏感になったので,一度外れるとNGがたくさん出る。 そんな時,先輩に優しくして頂き,感謝した。”

 

“オ·マンソク先輩は,作品の後半でご一緒するシーンが多かったが,僕が先輩をぶら下げたり殴ったりするシーンが多かった。 痛いであろうに,むしろ僕に手加減することなく,もっと思い切ってやれと励ましてくださり,その点も力になった。 大胆な演技ができるように助けてくださった”

 

Q.ドラマの中で医者と殺人鬼を行き交う演技をする時,長髪のヘアスタイルがポイントになるようだ。 本人の意見だったのか

 

“軍隊にいながら年が3回も変わった。 年を3歳取る間、髪がずっと短かったので除隊したら髪を伸ばそうと決めていた(笑)。 時代劇に入ることもあるし,どんな作品を引き受けるか分からない状態なので,一旦は髪を引き続き伸ばしていた。 そんな中,監督と会う最初のミーティングの席に,オールブラックのスタイリングで髪をおろして行った。監督の反応は、僕を見るやいなや,第一声が"このまま出てきてくれたら良い,台本のリーディングの際にもこのまま来てほしい"だった。”

 

“それで役のヘアースタイルに関してはまったく触れることなく,髪が乱れていて,細かい髪があっても役がきれいでさっぱりした役ではないので,多くの部分が良く許容された。”

 

Q.医者と殺人鬼を行き来する演技の中で記憶に残るエピソードは?

 

“チャンチョルという役は,"他の俳優と一緒にするシーンがあまりなく,大体一人で動くシーンが多かった。 一人で撮ることに慣れすぎて,他の俳優と会う場面がたまにあると,むしろ他の作品を撮影するようにぎこちなかった(笑)”

 

“チャンチョルの家で撮影する時は,いつも二重人格の演技だったり,感情が高まるシーンが多く,それが大変だった。 二重人格の演技をしながら,鏡を見て撮影をする時,監督がもう少し,引き上げてくれと注文するケースが多かった。 撮影後には、頭痛がして,のどが枯れて、体が凝り,翌日,全身に筋肉痛があるほど力を注いだ。 極度に走るストレスを表現してこそ感情が出るから。 監督がもっと,もっと'と注文しながら私を苦しめてくださった(笑)。 そのように撮影したのが印象深かった。 撮影当時は大変で苦しかったが,後で編集された放送を見て'ああ,それで監督が僕を苦しめたんだな'と納得するほど良かった(笑)。 大変なほど楽しい撮影だった”

 

 

Q. ドラマ撮影と同時にMBC"覆面歌王"に出演し、歌手としての姿も惜しみなく発揮した。 競演曲でBTSの'FAKE LOVE'を選択した点が意外だったのですが

 

そうだ(笑)。'覆面歌王'の収録をする前日に'検法男女2'のチャンチョルとして二重人格の演技をしていて喉がかれていた。 その渦中にすぐ翌日,収録をするからステージをしながら本当に大変だった。 ちょっと惜しい点はある。 いつも通りだったらもう少し良い状態のステージをお見せできたのに”

 

“BTSの"FAKE LOVE"を選択した理由はBTSの歌の中で最も好きだったし,この歌にロック的な要素があるといつも思っていたからだ。 機会があればロックの感じで編曲してファンの皆さんに聞かせたいと思っていた。 ちょうど'覆面歌王'に出ることになってこの歌を選んだ。 一日で編曲してステージに上がった”

 

Q. '覆面歌王'で今年の国内アルバム活動に対する抱負を語ったが、どんな音楽の世界を大衆に見せたいか

 

“僕が正規アルバムを一度も出したことがない。 もともとドラマーとしてデビューしたし,バンド音楽がしたかったが,気に入った音色のボーカルを見つけられず、探し求めてみたが僕が歌うようになった。 アーティストはコアがなければならないのではないか。 聞かせたいメッセージ、見せたい色がなければならないが、僕がどんなことを上手にできるか、どのようなメッセージを大衆に伝えたいのか探しだしてまだ1年ほどにしか経っていない。 その前までは多様なジャンルを作ってみて実験をしてくる過程であって、そのような中でこれだというものが無く、アルバムを出すことができなかった”

 

“1年前から頭の中で、心の中で、僕が求める絵が整理されてきて、既に曲はほとんど出ている。 発売のタイミングを見ていたが,軍除隊後にアルバムが先か,作品が先か,考えることが多かった。 その時に除隊後まず'検法男女2'を撮ることになり、むしろドラマの撮影をしながら、アルバムに対する計画と考えを、さらに確固たるものに整理することができた。 これからお聴かせする曲に期待していただいてもよさそうだ”

 

“個人的に愛, 別れの歌はそこまで好きではない方だ。 もともと明るいスタイルの人ではないのか,悲しくて憂鬱な感情に深く埋没することのないようにする。 僕が一番好きなのがディズニーだ。 ディズニーのように夢と希望のメッセージを与えられる,そんなアーティストになりたい。 誰かが僕に言ってくれたら良いなと思うことを歌詞にたくさん使う方だ。 僕がファンの皆さんに話したい話でもあるし。 それで,そのようなメッセージを込めた曲を近いうちにお見せする予定だ。”

 

Q.演技から音楽まで。 最大限バランスを取りながら活動しようとする動きが目を引く

 

“音楽家ノ·ミヌと俳優ノ·ミヌは,"ON-OFFスイッチの感覚そのものが違うようだ。 素早くON-OFFを行き来しながら俳優として、歌手としての姿をそれぞれお見せしなければならなかったが、20代の時はそのような早い転換が難しかった。 例えば,ステージ上のメイクアップと俳優としてのメイクアップが全然違うが,そのスイッチを変えない状態で,俳優のメイクアップではない歌手の濃いメイクアップで撮影現場に行くとか。 しかし,自分ではそんなことを自覚できず。また,演技する時,ステージ上の歌手のように大げさに振舞うとか。 そんなところがあったが、軍隊に行っている4年余りの空白期間、そのような部分も振り返ってみることができた”

 

“歌手と俳優活動をバランスよく持っていくのは大変ではあるが、例えばずっと作曲をして,歌詞を書いたことが思いもよらない機会に輝く場合がある。 今回も監督が'検法男女2'のエンディング曲を作ってみたらどうかと提案をしてくださったが僕はこれまで作曲してきていたものがあるからすぐ作れて(笑)。 僕が演じる感情があって雰囲気があるから,そんな部分を溶け込ませて歌詞を書いて,すぐに作品を作り出す時,歌手と演技,両方を一生懸命にやってよかったなと思った。”

 

Q. 今まで演じた作品の中で最も記憶に残る作品

 

“4部作だったが、復活のキム・テウォン先輩の一代記を描いたKBSドラマスペシャル'ロックROCK楽'という作品がある。 この作品を撮影しながら,あらゆる苦戦を経験したキム・テウォン先輩の人生を間接経験したが,あまりにも没頭して涙を流すシーンでも特に演技する必要がなかった。 ただ,涙が自然に流れ出た。 それで,すごく楽しく撮影できた,今までの記憶に残る作品の一つだ。 その作品で縁があって,キム・テウォン先輩が僕にとって父のような方になった。 心のさびしい時や考えが多い時,先輩に会う。 先輩はメモ紙に歌詞を書いて,僕はその前で何も言わず,向かい合って座っていても,心が安らかで慰めになる。 ずっと応援してくださって,助けてくださって大切な縁になった。”

 

Q.挑戦したい役やジャンル

 

“最近,韓国でもファンタジー映画がたくさん出ている気がする。 ちゃんとしたファンタジー作品も撮ってみたいし,ロマンスにも挑戦してみたい。”

 

Q.作品を一緒にした俳優のうち最も印象深かった俳優

 

“最近'検法男女2'で会ったノ・スサンナさん。 僕とラブラインとはいえないが,愛ではない愛を感じる感情があったが,その時,あの方の演技に本当に大きな感銘を受けた。 僕と同い年なのに,娘が拉致されたエピソードを撮る時,ずっと目が腫れていた。 感情を維持しようと撮影場に来る前からずっと涙を流してきた"と話した。 そんな姿を見ながらあんな演技が僕にできるかなと思った。”

 

Q. ロールモデル

 

“昔から好きな俳優としてキアヌ·リ-ブスやジョニー·デップ,ジャレッド·レトを言及していた。その方々がちょっとロックをする。実際,ジャレッド·レトは、ワールドツアーをするほどロックバンドとしても有名だ。 韓国でもロックをしながら俳優をする人がいれば良いと思う。 僕がそういう人になりたくてもっと尊敬し、似たいと思う”

 

“キアヌ・リーブスは、映画'マトリックス'を撮った年が36歳ぐらいだった。 僕が、4年という空白期もあったし、今僕のキャリア的な速度が遅れないかという思いに更ける時、彼らを見ながら'年齢は重要ではない'と思いながら、気を引き締めたりもする”

 

 

Q. 一緒にしてみたい俳優

 

“ソン·ガンホ先輩。 この方の作品の中で一番好きなのが映画'優雅な世界'だ。 ソン·ガンホ先輩の演技にはいつもウィットがある。 真摯な作品にもユーモアやギャグコードがある。 そのコードがすごく良い。 先輩だけのギャグのトーンが本当に好きで機会があれば一つの作品でご一緒させていただきたい。”

 

Q.最近は,実の弟アイルと共に話題になった。 アイルがJTBCバラエティーの"スーパーバンド"で優勝をしたが、兄として助言してあげたことは?

 

“実際,僕がアイルのアルバム·プロデューサーをしたこともあり,彼の音楽の世界の色を一緒に作っている。 どんなコンセプトで,どんな歌をする時,アイル君の音色に合っているのか,どの部分が合わないのか話をしたりもする。 だから'スーパーバンド'をする時も側でいろいろ手伝ってあげたりしたが兄の話よく聞いてくれてありがたくもあり、感心する。”

 

“実は僕は道案内をするだけで、あの4人がアンサンブルを作ってハーモニーが生じた時、その相乗効果が莫大だ。 みんな優しくて、良い人々が集まって優勝まで達成したのが嬉しくて誇らしい。 いつも謙遜して今のようにすれば良いと言ってあげた。”

 

Q.弟だけでなくお母様も演歌歌手だったというが、音楽的に才能があるのが家族の魅力のようだ。

 

“母親が日本で歌手をしていた時の音色を聞くと僕とアイル君の声と非常に似ている。 母が元祖美声だ。僕たちがそれについていったようだ。 母は僕に非常に厳しかった。本人が僕にそうしてくれたように,アイル君をちゃんとしなさいというミッションをくださったので,アイル君をケアするのが僕の役目だった。”

 

Q. 事実、大衆にノ·ミヌを知らせたのはトラックスが始まりだが、どんな記憶で残っているのか

 

“本当に多くの勉強になった時期だ。 その時は10代で僕が具体的に何をよくすることができて何ができないかがモニタリングされなかった。 会社で提示する道が僕たちのうまくできる道でない時,正確に"僕たちは何ができて,できないか"に対する答えを出さなければならなかったが,それが未熟だったのが残念である時間だった。 その時,非常に多くの勉強をしなければならないと思った。 それで,脱退してチームを出て,ずっと様々なジャンルの音楽を作り,歌唱学も再び勉強し,アルバムジャケットのフォント一つまでも意見を交わして一緒にコンセプトを掴むほど,本当に多くのことを勉強した。 それで今は、違うものは違うと,良いものは良いと言えるようになった。”

 

Q. スランプ

 

“10代の時や20代の時など、過去を懐かしむ方ではない。 今が一番幸せで楽しい。 過去を後悔することが一番馬鹿みたいだと思う。 人なら誰もが大変で,何をすればいいか分からない,迷っている時期があるのではないか。 軍隊を含めておよそ4年間が僕の人生で一番多くの考えをしてターニングポイントになった時期であるようだ。 これから僕の進むべき道,僕の姿,どんな色に進むべきか,本当に悩んでいた。 ある意味では芸能人の道が僕に合わないのでは,と思えるくらい。 考えが多かったが,その時間を経て,痛かった分、成熟した。 あの時をスランプというのだろうか”

 

“そうしながら,仕事に対する自分の姿も変わった。 人生の全てを一度だけの人生に思い出を作ると思ったら,心も楽になり,一日一日が楽しい。 解決もできない問題を持ってストレスを受け続けるよりは,楽しく自分がやりたいことをしながら今日を楽しもうというマインドに変わった。 20代の時は芸能人、俳優、歌手、アーティストが僕の生活の真ん中にいたなら、今は人間ノ・ミヌが中心にある。 働く時は一生懸命集中して働き,現場から出ると人間ノ·ミヌに帰って来るし。そういう風に生きてみると楽だった。”

 

Q. 力になる同僚

 

“先ほど言及したキム·テウォン先輩もそうだし,映画'バトルオーシャン'で呼吸を合わせたリュ·スンリョン先輩も悩み相談もしてくださって沢山助けてくださる。 僕はむしろ年の差が少しある方々とよく合う。僕は若いのに年寄りみたいと皆さん言うので, それで親しく過ごせるようだ”

 

Q. 理想のタイプ

 

“理想のタイプは義理がある人、そしてご飯をよく食べる人。 おいしく食べる人が好きだ。 僕が思ったよりたくさん食べられない方だからもっとそうみたいだ。 代理満足するところもあるし,料理も好きなので,僕が作った料理をおいしく食べてくれる人がいい。”

 

Q.ノ·ミヌの前に付けたい修飾語

 

“夢と希望を与える人。いい気運を与えるような人になりたい。 見るだけで気分がよくなる人。真面目に生きてきたので、これからも真面目な人間に映ってほしい。”

 

Q. ファンに一言

“早くアルバムを出してほしいというファンの抗議(?)が多いが(笑)"早いうちに良い音楽を聞かせてあげることができるように今準備中なので,たくさん期待してほしい。 '検法男女2'以降に他の作品でもヒーリングしていただけるように素敵な作品で恩返しするから、今のように応援してくださり支持してくださったら嬉しい”

 

エディター : イ·ヘジョン

フォトグラファー : チャケイ

映像撮影,編集 : イ·ジェヨプ、アン·イェジン

衣装 : ダンスト 

ヘア : ドエン·サンオー

メイク : ドエン·ジェイン

 

 

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